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せんじつ、萱島のジャズ店でライブをしたのだが、その録音を聴いている。
録音は繰り返し聴くものとそうでないのとあるが、こないだのは何回か聴いていて、今日にいたってはBGM 的に流し、流しながら、うすあげ・さつまいも・ごぼう・たまねぎといった具材で粕汁をつくった。 ごぼうの泥を落としていると 「ちーっちっきちーちっき」 というリズムでたわしが跳ねおどり、わたしはスキャットで助奏を加えたりする。 ひとりごとながら幼稚で、であるがそんな自分がほほえましくもある。 火力を弱めたりおおきくしたり味見などしつつ、調子に乗って音符をこまぎれに分解して嵌め込み、だいたいのところでむりやりすとんと落ち着く音を決めたりして、録音だから別段いいが、まあ好き勝手しほうだいかもしれない。 そういえばわたしは希に歌を家の外に歌いに行ったりするが、きめ細やかでゆるみのない絶対的な音楽信奉者からすれば、当方の発する旋律などアレルギー因子のひとつにすぎないだろう。 そういうひとたちからはすればなんの価値もない歌うたいで、小馬鹿にしてる感や仕方ない感はいやでも伝わってくる。 むろんわたしは牛馬でも犬猫でもなく同じ人間だから、空間の揺れがふしぜんな動きをしたらしいこともたしょう、肌身でわかるようになってきた。 そしてかりに、その仲で共演したとしても、当方はともかくとして彼らにとってその所産は如何程のものなのか。 絶対的な旋律やそれに相当するあまたあるコードのなかの一音を瞬時に聴き分けその投げかけに瞬時に反応し得ることを当然とし、拍子変化も然り、重ねて奏者たるものはその当たり前が奏者的自己の輪郭のなかに隙間無く詰まっていることこそが(こんなことだけではないはずだが)、これによって初めて表現しうるのがプレイヤーの資格だ、という自分のやっていることは間違いないという驕りにも似た精神を掲げる種族に、辱知のS氏を除いてわたしはもうさほどの興味はないし、自分の築いてきた文化を消去してまでその集団に与し、いまさら単色に自身を融和させられるほど愚かではない。 むろん、そういった異なる音楽に対する精神の昂揚から自己を出発した人間から、無理に誘われたことはない。 往時のロシアの東漸はそれこそしかるべき国益を得たが、われらのような歌うたいを飲み込んだところで毛皮的な価値など微塵もない。 といった比喩は、いささかすぎるほど逸脱しすぎだし失礼であろうか。 歌うたいは何をえらぶかえらばないかで、たれとやるかやらないかで、またなにを感ずるかそうでないかでおおきく変化するパートであろう。 あんなに遠い月が地球の上から肉眼で見えるのは、なにも自分の視力が優秀なのではなく、月の光がその者の網膜を照らしているにすぎない。 知らないから習う、という姿勢はすばらしい自己滅却だが、簡便にひとに習うまえに一己で感ずることがいくつもあるようにおもえる。 私事を云えば、わたしはこの十年ほどそれが前後していたかもしれない。 月の光はたしかに広大無辺で観る者万人を照らすが、その月夜に眠っていたりまたまぶたを瞑っていたのではどうしようもない。 自分のまぶたを持ち上げる方法は、言うなれば人に言われて即座にできることではなく、やはり自分で得るものだろう。 たいせつなことは、即席なところには決してないのだ。 真昼に見える月は、うそだ。 そうじゃないというのなら、その月で一句詠んでみたらいい。
by utaushimoyama
| 2014-03-23 15:51
| 雑報
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